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探し出そう歌麿の大作
幻の「雪」を栃木市に!!
浮世絵師・喜多川歌麿は江戸時代・栃木市内の豪商宅で大作肉筆画「雪」「月」「花」の三部作を描きました。
「月」と「花」は米国にありますが、「雪」だけは今も行方不明です。
市民の宝として探し出し、後世に伝えましょう。

「雪」は今どこに・・・
海外流出か、栃木里帰りか
「雪(吉原仮宅 深川の雪)」はどんな絵なのでしょう。
歌麿が栃木で描いた三幅対「雪」「月」「花」の一つで、
最後に描いた作品です。
縦158センチ、横346センチという大きな肉筆画です。
雪の中庭を囲む遊女屋の風景、雪に見入る人、小犬と戯れる人、
食事を運ぶ人などを落ち着いた色調で描いています。
(江戸期)釜伊が同情し制作依頼
なぜ、栃木で描かれたのでしょうか。歌麿は栃木の豪商・釜喜の4代目善野喜兵衛(狂歌名・通用亭徳成)と親しく、何度も栃木を訪れたといわれています。浮世絵研究家・林美一氏は著書の中で、釜喜8代目・喜平の談話を紹介しています。
それによると、地元で開いた歌麿の画会が不評だったため、通用亭の叔父で釜伊初代・善野伊兵衛が「非常に同情し、雪月花三幅対の大作を依頼した。歌麿もこれに感激して多年にわたりこの大作の完成に努力した」ということです。
(1879)「雪」「月」「花」定願寺に展示
1979年(明治12年)には、栃木市旭町の定願寺での展覧会で展示されました。このときの目録が市内の岡田記念館に保管されており、そこには「雪月花紙本大物 三幅対 善野氏蔵」」と明記されています。

(1887)パリに流出「月」「花」は米国に
パリの美術商ジークフリート・ビングが1887(明治20)年に「雪」「月」「花」の図版を大英博物館に提供していますから、3点ともそれ以前にパリに渡っていたと考えられます。また、フランスの作家で美術評論家、エドモン・ド・ゴンクールは1891(同24)年刊の著書「歌麿」の中で、「雪」と思われる肉筆画の大作をビングの店で見たと書いています。現在「月」は、米国のフリーア美術館に、「花」も米国のワズワース・アセーニアム美術館に所蔵されています。
(1948)戦前里帰り、都内で展示
「雪」は長瀬武郎氏がフランスの画商・青山三郎氏の店で買い求め、1939(昭和14)年、日本の里帰りさせました。その後、1948(同23)年4月、銀座松坂屋での第2回浮世絵名作展に美術商・金子孚水氏が持ち込み、3日間だけ展示されました。4年後の1952(同27)年6月、同じく銀座松坂屋で開かれた展覧会目録に「雪大幅 一幅」と掲載されていますが展示されたかどうか不明です。
1971(同46)年2月、浮世絵研究家・吉田暎二氏は専門誌の中で「この『雪』も再び海外に出て現在一幅も日本にはない」と書いています。専門家の間では「海外再流説」が有力ですが、市民の間では「栃木市里帰り説」も根強く残っています。
チラシを見る(PDF)
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